怒りでいっぱいになった日
家で一人。朝起きてTVの録画も見切った。
妊娠のせいでこんな体になった。気楽に人と会えない、外に出れない。
何もすることがない。
ご飯食べてひたすら瞑想またご飯食べてひたすら瞑想。
こういう日にがぎって寝られない。
同居人は日が変わってからでないと帰ってこない。
帰ってきたとて、携帯位いじり、テレビを見る、家事をし、お風呂に入る。
疲れているし自分の時間ないだろうと、あまり話しかけるのをやめる。
結局数分の会話。そして今日が終わる。
そんな日が何日も続く。
マタニティブルーは必然的なものなのだろうと悟る。
明日は何ために起きて、何のために顔を洗って、何のためにご飯を食べて、何のためにお風呂に入るのだろう。
このまま子供が生まれてワンオペ育児が目に見えている。
何も気付いてはもらえない、そしてやつはなにも考えていないだろう。
なぜ私が育てることが当たり前になっているのか?
当たり前のことができない、私のサインにも気付いてくれない。何か言ったところで常に喧嘩腰。自分の都合の良いことだけ付き合わされる。
当たり前のことをして、威張ってくる。褒めて欲しいのか?感謝をして欲しいのか?
では言わせてもらうが、私だってご飯を作り、弁当を用意し、洗濯物を畳む。排水溝の掃除もするし、この体になったとて出来る限りのことはしているつもりだ。
ああ。当たり前だ。無職だしな。
妊婦になったことで、体の不調と向き合い、病院にもいかなければならない。
引越しをしたことで、諸々の手続きに言って、長い話を聞かされていることを知っているのか?それは私だけがやることなのか?それは当たり前なのか?
それを威張ったことがあるか?感謝してくれているのか?そもそもそんなことをしているなんて知りもしないだろう。
ついでに言っておくと妊婦の歯科検診も20週までにはやったほうがいいと言われているが、今はもう29週だ。
仕事を辞めた。入籍もしていない、保険証どうしてくれるんだ?
自分のやっていること、片付けができているぐらいで威張ってくるな。そもそもできていなからな。
言われたことをやっているだけで、自分で考えでなにもできていないからな。
応用しろと言われて納得しただと?ふざけるな。結局言わないと分からないのかよ。
育児は24時間。そちらも仕事なのはわかってる。
でも仕事が嫌なのはわかる。でも私も育児なんかに縛られてくない。
ただ、お互いブラック残業をして、やりたくもないことをやってどううまくやれるのか。
このまま行っても良い未来は全くないだろう。
何度も言うが奴は何も考えてないだろう。何も見えていないだろう。
仕事第一のこの社会なんとかならないものなのか。
そして仕事第一ならば女だろうと出産するからと関係なく、普通に仕事させてくれ。
何も筋が通ってない、そんなもの納得できない。
子供が生まれてしまっては、どんなけ逃げ出したくても休むことなく、見えないゴールに向かって進み続けなければならない。
そう。それが不安だ。誰が悪いわけでもない。ただそれが怖い。
22歳私の人生は終わった。
お前に私は見えていないし、私はもうすでにお前を必要でなくなることが目に見えている。
結婚15年で離婚した妻が言っていた、自分を大切にされていないと感じたから、と。
まったく持ってそのとうりだ、この話を何度したって君は変わらない。
自分を失う前に早く決断しなければならないのだろう。
Wifiを求めてcafeに来たものの結局なくて、仕方なく書き始めた。
でも一時間半熱中してしまった。
帰り道真っ赤な夕焼けが綺麗だと写真を撮る余裕もでた。
前を向くために何か夢中になれるものを見つけようとワクワクした。
自分の中にあるものをことを言葉にする、吐き出すって良いものだな。
家に着いたら疲れたことに気づく。
吐き気に襲われ横になりながら続きを書いている。
35歳の少女
今日はドラマの感想でも書いてみようかと思います。
ドラマは片っ端から録画して鑑賞します。
それだけ見る量も多いので、ご飯食べながらや、家事をしながら見ることが多いです。そんな中で手を止めて見入ってしまうドラマがあるんですね。
今回の「35歳の少女」第1話
面白かった。
何年か前に「35歳の高校生」というドラマがあったのですがそのドラマが好きで、タイトルが似ていると言うだけで期待感を持って1話を見ました。笑 前情報はほぼありませんでした。
ドラマの1話といえばそのシリーズの説明やそこまでに至る経緯など詰め込んだ内容が多いです。ある程度予告などであらすじってわかってしまっているので説明が長すぎると飽きてしまいますよね。このドラマは最初はあったものの柴咲コウさん演じる10歳の望美が25年後(35歳)に目覚めてからはそこに組み込んで過去回想を挟む感じになっていて流れがとてもよかったと感じました。
そして面白かったとは。
私が言う面白かったと言うのは感情が動かされた時、感情が動かされてそこから自分の中で考え込んでしまいます。
望美の退院祝いのために連れてこられた結人(望美の小学生の時の同級生) が最初はいい人を装っていたのにスイッチが切れたように本性を表します。
それを受けた望美は子供のように泣き出してしまいます。
ここからは私の考えですが、子供の時は愛で溢れた幸せな世界と思っているものが、大人になるに連れ、誰かに裏切られたり傷つけられたり、時に傷つけたりしてこの世界は愛ばかりではないと。いい意味でも悪い意味でもそれを知りながら大人になっていくと思います。それが大人になると言うことなのかもしれません。
望美はその段階を踏まずに、そんな世界に直面する。10歳の少女にはとても辛かったと、あの演技で表現した柴咲コウさんは凄いなぁ。
結人が本性を表した時、望美の妹愛美をここぞとばかりに望美の傷つくことを言います。
なんて愛のない世界なのだろうと。私も苦しくなりました。
その後、望美がいなくなってしまい見つけた結人が望美に言います。君は初恋の人だと。君に心動かされて生きていたと。
結人が暴言を吐いたのは今の自分への悲しみだったのかもしれないですね。きっと妹の愛美も何かあるのでしょう。誰かを傷つけてしまう人と向き合って理解していく。私の好きな話です。
大人は(私は)愛のない世界を諦めそれを受け入れ、その中でうまく生きています。10歳の少女がそれを跳ね返しながらも受け入れていく今後の話がとても気になります。
家を崩壊させた話。
ふと思い出した今の心は寂しい。
わたしは虐待を受けて育った。
その日は深夜までスパルタなしつけを受けていた。宿題もできていないもちろん朝起きられるわけもない。学校を休んだ。そんな日が数日たった。
心配したおばあちゃんがうちに来なさい。
そういった。
その言葉の意味はとてつもなく重く、わたしには決断できなかった。
何度も何度も首を振った。
でも私は、おばあちゃんの家にいった。逃げてしまった。
姉も、母親もいるのに私1人。
そして家族が崩壊した。
そこから毎日母親は私のところに来て説得した。
そんなことをしている母不在の実家はめちゃくちゃだっただろう。
数ヶ月経った日、母は決断し姉を連れて家を出てきた。
いわゆる別居状態になった。
父親は1人になった。姉は姉の幸せが壊れた。母親は今までの努力が無駄になっただろう。
私は家族全員を傷つけた。
今、7年経とうとしてる今の生活はただただ苦しい。
そんなことなら虐待なんか我慢してあのままの家族の方が幸せだったのかなとふと考えてしまう。
そんなネガティブな今日はもう終わらせたい。
つむじが2つある話。
はじめまして。
たーちまちゃーと申します。
たーちまちゃー、、、覚えにくいかな、、、。
「たーちまちゃー」とは沖縄弁で、つむじが2つと言う意味です。
「たーち」が “2つ”という意味で、「まーちゅー」が “つむじ”という意味だそうです。
合わせて、たーちまちゃー(たーちまちゅー)と呼ぶんですね。
ちなみに沖縄では、つむじが2つある子はやんちゃな子が多いと言われていて、たーちまちゃーとはやんちゃ坊主の代名詞になっているようです。
そんな名前をつけた私ですが、つむじが2つあるわけですね。
それも頭にはなく、生え際でもなく、おでこに2つあるんです。
それも2つ反対巻きに、、、
周りにはそこからツノが生えるんじゃないか?とからかわれることもあります(笑
↓こんな感じの位置です😅
みなさんは周りにそういう方いますか??
私はまだおでこにつむじが2つある人に出会ったことがないので、情報いただければと思います(笑
そんな私ですが今後ともよろしくお願い致します😌